中2の時、東京からここ豊橋に転校した当時の話をしたいと思います。
転校生として、少なからず不安を感じながらの登校初日。1学年15
クラス650人もいた。3学年で約2000人。(ちなみに私はそん
なこともまったく知らずに初登校。)先生も生徒が多すぎるため、き
ちんと把握しきれず、私が転校生とはわからない。私もその状況がま
ったくわかっていない。
そこで、先生が、「なんだー、おまえ、その髪型は!」といきなり怒
ってくる。さっぱりわからない。どう答えていいかわからない。胸倉
をつかみ、、先生は私の腕を見て、また叫んだ。
「おまえ、なんだー、その時計は?」
これもどう答えていいんだか。明らかに怒っている。だが、何を怒って
いるのかが全くつかめない。私は全くびびっていなかったが、抵抗しよ
うがなかった。「デジタル時計だ。」と事実をいってやろうかと言う気
にさえなれず、ただびっくりした。
以前の中学は頭髪自由で学校に時計はない。腕時計をしていかなければ
ならなかった。部活もない。同好会という自由な活動だ。中学校統一の
バッグなんてない。ヘルメットをかぶって自転車に乗る姿も見たことが
なかった。言い出せばきりがないぐらいだ。
そもそも頭髪が自由という認識もなかった。あたりまえのことだと考え
ていた。
自由とは、制約環境の概念があって、初めて成立するもんだと知った。
抵抗とは、自分にとっての理不尽さに対する反動であって、少なからず
その理不尽さを自分の中で論理的に解釈できないと抵抗できないという
ことも知った。
忘れもしない13歳だ。
えらいところにきちまったと思いながら、ここのルールを知り、そのルー
ルに納得できない私は、それらをことごとく先生たちにぶつけた。今思え
ば、やりすぎたし、先生たちに迷惑をかけた。トロかった。(そんなこん
ながいっぱいあったが、その割にはとにかくノウテンキだったため、それ
なりに楽しい日々を送っていた。)ただ、それも全ていい思い出だ。
しかし、学校のルールはまだまだ見直す余地はある。
今後、私たちは学校の批判を一方的に言っても意味がない。また、学校も
塾の批判だけをしていても意味がない。教育という一つの目的に向かって、
時には手を取り合い、塾が学校を批判したといような受け止め方ではなく、
学校を良くするための建設的な意見と思ってもらえる環境ができたら、い
っぱい学校に伝えたいことはあるが、残念ながらその環境はまだ出来てい
ないように思う。
学校から私に意見を聞きたくなるような塾にする。
これは、私が塾を立ち上げたときからの目標の一つです。(職員には誰に
もこの思いはまだ一度もいっていないような気がする。)
開校当初から、これにまつわる話は時折生徒たちに授業で話しています。
ちょっと面白く話すので、生徒はただ笑って、現実的ではないと思って聞
いていますし、半分ジョークぐらいに生徒たちは思っているんじゃないか
な。本当は全然違うけど。
学校から私に意見を聞きたくなるような塾にする。
こうなるためには、あらゆる結果を残す必要がある。
あらゆる結果を残さない限り不可能です。
ただ、あらゆる結果を残せば可能です。
20年以内にやってやろうと思っています。
これは、一学校からの相談程度のレベルではありません。
ちなみにその程度であれば、私立中学校の校長先生からそのような趣旨で
一度私に会いたいという話は今年の春にありました。
まだまだ小さく未完成な塾を発展させていきたい。
そんな大きな目標があるが、目先のテキスト作成、期末対策に追われる日々。
これが、今の開拓塾かな。